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男子部員に激す!

※この記事は ICT Advent Calendar 2015 の16日目の記事です。

われわれ男子部員は、尊敬すべき先輩達に育てられ、いわばICT委員会はわれわれの父でもあり兄でもある。その恩義に報いるに、このような忘恩的行為に出なければならないのは何故であるか。

かえりみれば、男子部員は五年、ICT委員会で不本意な地位と待遇をうけ、一片の打算をも持たせざる教育を受け、又われわれも心からICT委員会を愛し、もはやICTの柵外の高専にはない「真の高専」をここに夢み、ここでこそ入学後ついに知らなかった男の涙を知った。 ここで流したわれわれの汗は純一であり、ICTの精神を相共にする同志として共にデスマの原野を馳駆した。このことには一点の疑いもない。われわれにとって高専は故郷であり、生ぬるい現代日本で凛冽の気を呼吸できる唯一の場所であった。先輩諸氏から受けた愛情は測り知れない。しかもなお、敢えてこの挙に出たのは何故であるか。たとえ強弁と云われようとも、ICT委員会を愛するが故であると私は断言する。

銘記せよ! 実はこの平成二十七年十二月十六日という日は、男子部員にとっては記念すべき日である。過去五年に亘って、男子の委員長を待ちこがれてきた男子部員にとって、決定的にその希望が叶えられた日である。論理的に正に、この日を境にして、それまで女子部員の下層に位置づけられてきた男子部員は、「人権が認められた部員」として認知されたのである。これ以上のパラドックスがあろうか。

われわれはこの日以後の男子部員を一刻一刻注視する。われわれが夢みていたように、もしICT委員会に男子部員の人権が残っているならば、どうしてこの事態を黙視しえよう。自らを否定するものを守るとは、何たる論理的矛盾であろう。男であれば、男の衿がどうしてこれを容認しえよう。我慢に我慢を重ねても、守るべき最後の一線をこえれば、決然起ち上るのが男であり武士である。われわれはひたすら耳をすました。しかしICT委員会のどこからも、「自らを否定するカーストを受け入れろ」という屈辱的な命令に対する、男子部員の声はきこえては来なかった。かくなる上は、自らの力を自覚して、女子部員の論理の歪みを正すほかに道はないことがわかっているのに、男子部員は声を奪われたカナリヤのように黙ったままだった。

われわれは五年待った。最後の一年は熱烈に待った。もう待てぬ。自ら冒涜する者を待つわけには行かぬ。しかしあと三十分、最後の三十分待とう。共に起って義のために共に死ぬのだ。ICT委員会をICT委員会の真姿に戻して、そこで死ぬのだ。生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。生命以上の価値なくして何のICT委員会だ。今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を女子部員に見せてやれ。それは自由でも民主主義でもない。ICT委員会だ。われわれの愛する実績と伝統の委員会、ICT委員会だ。これを骨抜きにしてしまったカースト制度に体をぶつけて死ぬ奴はいないのか。もしいれば、今からでも共に起ち、共に死のう。われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の武士として蘇えることを熱望するあまり、挙に出ずべきである。

M教授